経営戦略の重要成功要因としてタレントマネジメントを考える

ここ数年で耳にする機会が格段に増えた人材やマネジメントに関するキーワード「タレントマネジメント」。
グローバル化、働き方や雇用の多様化、さらにデジタルトランスフォーメーション(DX)が加速するという要因も加わり、従来の人事管理では急速な変化に対応できないという課題をお持ちの企業も多いかと思います。

タレントマネジメントの考え方、導入の目的や効果について解説してきましたが、今回は、タレントマネジメントが経営にどう関与し、経営戦略の柱として機能させるには、について解説します。

タレントマネジメントまでの人材マネジメントの変遷

タレントマネジメントの定義は、米国人材マネジメント協会「SHRM(Society for Human Resource Management)」と米国タレント開発協会「ATD(Association for Talent Development)(旧ASTD)」が公表するものが有名です。

・SHRMによる定義
人材の採用、選抜、適材適所、リーダーの育成・開発、評価、報酬、後継者養成等の人材マネジメントのプロセス改善を通して、職場の生産性を改善し、必要なスキルを持つ人材の意欲を増進させ、現在と将来のビジネスニーズの違いを見極め、優秀人材の維持、能力開発を統合的、戦略的に進める取り組みやシステムデザインを導入すること。

・ATDによる定義
仕事の目標達成に必要な人材の採用、人材開発、適材適所を実現し、仕事をスムーズに進めるため、職場風土(Culture)、仕事に対する真剣な取り組み(Engagement)、能力開発(Capability)、人材補強支援部隊の強化(Capacity)の四つの視点から、実現しようとする短期的/長期的、ホリスティック(包括的)な取り組みである。

つまり、タレントマネジメントとは、「企業で働いている人材(タレント)の能力やスキル、適性を中心に考え、個々人が持つスキルや意欲を十分に発揮してもらえるように、組織風土、業務改善、人材配置や人材育成などを行う人事戦略のこと」と言えるでしょう。
そもそも、人材マネジメント(従業員を重要な経営資源として捉え、経営理念の実現や経営戦略の推進に活かすこと)の歴史は、どのように変遷してきたのでしょうか。日本における高度成長期以降の変遷を見ていきましょう。

高度成長期(1970年代):パーソナルマネジメント(PM)

1950年代から1970年代までの高度経済成長期は、人口が急激に増えた大量消費の時代。各企業は生産を大幅に増強するために大量の人材を採用しました。効率よく生産を増やし、利益を上げるためには採用した人材を少しでも長く社内に留めておくことが重要でした。

人材をコストとして捉えるこの時代にはパーソナルマネジメント(Personal Management)、いわゆる「人事労務管理」が主流でした。具体的には、社員の離職率を減らすために終身雇用制を導入し、給与体系を年功序列にする事が挙げられます。

低成長期・バブル期(1980年代から1990年代):ヒューマンリソースマネジメント(HRM)

オイルショックから始まる1980年代の低成長期では、従来の大量生産ではモノが売れなくなりました。企業は低コスト・高生産力を目指し、より能力の高い人材を得る事に注力するようになります。人材を「コスト」ではなく「資源」として捉えるようになり、人の能力に依存しなかったビジネスから、人の能力がビジネスに活かされる時代へと変わりました。

ヒューマンリソースマネジメント(Human Resource Management)は「人材は入れ替え可能な資源」という概念だったPMから変化した人材マネジメントです。採用時に能力の高い人を採用し、人の可能性を伸ばすための教育も行われました。これらの施策は、1人当たりの生産性を効率よく上げる事を目指したものです。大きく成果を上げた労働者に報いるために給与体系に成果主義が導入された時期でもあります。

バブル崩壊から不景気(2000年代):ヒューマンキャピタルマネジメント(HCM)

バブルが崩壊すると、労働市場に起きた変化として、1人の社員が大きなイノベーションを起こし、企業の業績に貢献するという事例が出てきました。人を資源として考えていたHRMから、人を資産としてとらえるヒューマンキャピタルマネジメント(Human Capital Management)はこうした中で生まれました。

HCMとは、人を資源としてとらえていたHRMから人を資産としてとらえるように変化した人材マネジメントです。HCMでは、人の流出を防ぐための施策が必要になり、最も効果的だとされたのが企業への愛着心を醸成(エンゲージメント)する施策です。この頃、従業員満足度度調査といったサーベイサービスも多く出てきました。

このような戦後の流れから、様々な外部環境、企業内で将来に起こりうる変化に対応すべく、社員の資質、保有しているスキルや知識を将来に備え、整理し、適材適所のチーム編成、育成や評価まで人材に関するあらゆるデータを蓄積、戦略的かつ包括的に分析することが求められています。そのような流れの中で、人材(タレント)を中心軸においたタレントマネジメント(TM)の考え方が浸透しつつあります。

経営戦略と人材戦略をリンクさせるタレントマネジメント

企業とは、永続的に存在することが第一で、そのためにはビジョンでゴールを明確にし、ゴールへ向かう間にマイルストーンとなる経営目標を設定しています。加えて、自社が存在する意義、使命(ミッション)、ステークホルダーに届けたい価値(バリュー)を旗印に経営を進めている企業も増えています。
ミッション、ビジョン、バリューは企業が何を追求するのか、どこへ向かうのか、どういう価値観を軸として行動するのか、その企業の人格ともいうべき根幹の部分です。経営理念や社是、社訓、クレド、行動指針と言われるものもこの根幹をなすものと言えるでしょう。

これらの根幹に関する詳細な説明は省きますが、根幹があるからこそ、ビジョン達成の戦略(ゴールに向かって進む方向、進んでいく方法)を考えられるのです。戦略はミッション、ビジョンの達成に向けた成長のためのシナリオと捉えるとわかりやすいかもしれません。

経営戦略を策定するときに、見落とされがちなことは、人材に関する戦略です。事業やサービス、営業に関する戦略は練られるのに対し、人材については育成、採用とざっくり語られ、評価制度の改善、育成体系の再構築といった従来の戦略をなぞる、戦術である手段ばかりが前面に出てしまいます。これでは、熱も入らず、そのニュアンスが社内に何となく伝わり、人を育てる、活かす企業という看板を掲げても、看板だけが独り歩きしてしまいます。

そもそも事業やサービス、営業の戦略を実行するのは人であるのにもかかわらず、なぜ人材戦略を明確に立てることができないのでしょうか。

戦略を策定するときには、まず自社の置かれた現状を調査、分析することから始めます。この段階で、人材に関するデータが圧倒的に足りないのが大きな原因です。職位や給与(等級、俸給など)、勤続年数、評価に関するデータは揃っている企業は多いと思います。しかし、仕事の内容、つまりひとりひとりの社員が担当しているタスク、保有しているスキルや知識、目指しているキャリア、本人のモチベーションやコンピテンシーなどの個人に関する情報が少なく、それらを組織的に分析するところまでは進んでいないのが現状ではないでしょうか。

この状態では、経営戦略を達成するために重要な成功要因である「人材」の現状分析はできず、ビジョン達成に向けて、どういう人材を採用し、育て、組織編成を行うべきか、将来に向けての打つ手も考えられません。ということは、戦略なき戦術となってしまい、目標からずれた人事施策を人事担当者は企画してしまい、「なぜうまく行かないのだろう」と頭を抱えてしまうことになりかねず、それは社員にとっても努力が報われない残念な結果となってしまいます。

そのため、評価のデータも含め、人材に関する多角的なデータを収集し、分析することが人材戦略の成功の第一歩と言えるでしょう。前章で述べた人材を軸としたタレントマネジメントの出番です。
詳しくは「タレントマネジメントという人事戦略の考え方」をご覧ください。

経営戦略達成のためタレントマネジメントを機能させるには

人材戦略が経営戦略から見落とされるもうひとつの原因は、人事戦略の達成指標が目に見えづらく、結果が出るのは数年後、という思い込みです。確かにそういう側面もあります。しかし、見えづらくしているのは、目標としておく指標を立てていない、指標があっても結果に対して達成できたかどうかを判断することにコミットメントができていないからです。
採用であれば採用数や内定率、採用数と離職数の比較など比較的数値化しやすく、わかりやすいですが、育成施策に対し、人材の成長度合いや適材適所のチーム編成の結果をどのデータ、指標を持って判定するのかについては、共有できておらず、達成できたのか否かを不明瞭のままにしていることがほとんどです。

また社員に対して、人材戦略の中で人材の定義が明確にできていないと、「この人はこの資格を持っている」、「あの人は営業の経験があるらしい」、「コミュニケーション力が高いようだ」といった評価軸にばらつきが出て、主観的、人によって判断が変わってくる要素に着目しがちになります。
そうなると、「人事評価も上司次第、昇給や昇格も鉛筆をなめているのでは…」と公平性や納得感に社員の中で疑問が生まれ、モチベーションの低下や離職という最悪の結果を招きかねません。

人材戦略のひとつとして、タレントマネジメントの仕組みを考え、システムを導入したとしても、そのシステムで何を実現するのか、分析データを成果として経営層に示すのかが決まっていないと、システムの導入が目的となってしまいがちです。そこで、タレントマネジメントの中心となる人材をどう考えるのか、経営戦略実現のため、どのように育て、配置し、成果を評価するのか、それぞれに対して、結果を判定する指標(できれば数値化したもの)を置き、定期的に進捗報告を経営層に人事担当者は行うべきです。

タレントマネジメントシステムの導入だけではデジタイゼーション(デジタル技術を活用することで紙ベースの管理や人の手を使った入力といった作業を効率化すること)であり、大事なことはデータを活用し、分析、戦略実現の結果を見える化し、いつでも経営層やマネジメント層に対し、報告できる状態になって、デジタライゼーションの一歩目を踏み出します。

タレントマネジメントが人材・経営戦略実現の戦術として機能することで、データの分析結果を駆使することが可能となり、人材のさらなる活躍の場を作る、新ビジネス、サービス創出といった人材・経営戦略の実現に貢献できる人事部門として成果を発揮できるでしょう。

まとめ

いかがだったでしょうか。

経営戦略や事業計画は策定しているが、人材戦略や人材の定義を考えられていないと、人に関する施策すべてが、機能しません。戦略がないまま、手段であるシステムを導入しても、活用方法を見いだせていない状態では、データを蓄積する場所としてしか機能せず、結果、使えないから他に乗り換えるか、といった判断になりがちです。それでは、せっかくコストをかけて、導入したものも水の泡です。

人材をマネジメントする考え方、方法は企業によって様々です。タレントマネジメントを取り入れたからすべてOK!ではありません。繰り返すようですが、どのようなマネジメント手法、システムも経営戦略に則った人材戦略を実現させるためのものであり、戦略達成の状態をあらかじめコミットメントしておくことが重要な成功要因です。

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